マスターキーはどこへ

僕が働いている老人ホームでは、夜勤者がマスターキーを持ち歩きます。
利用者に変化はないか確認する為、夜の九時から三時間毎に見回りをしますが、利用者自身が部屋に鍵をかけているところもあり、マスターキーで開けてから中の様子を確かめる必要があるからです。
鍵を返すのは翌日の仕事終わりなので、たいていはボーっとしています。仮眠時間もなく休めない現場なので、体力的にも精神的にも休まらず、その頃には疲労感はピークに達しています。
いつもの様に退勤し、翌々日に出勤すると、「マスターキーがなくなった」という話になっていました。
ロッカーの鍵をなくすと、手数料という名の罰金が千円徴収されますが、マスターキーとなると十万円払わなくてはならないという話を前から聞いていた僕は、全身の血の気が引くのを感じました。
ちゃんと返したはずだけれど、正直記憶が曖昧で、自分が犯人なのではないかと思うと冷や汗が止まりませんでした。
実はマスターキーにはスペアがあり、それを使うことによって問題なく業務は行えますが、とはいえなくなった事実に変わりはなく、なくした者には罰金が科せられます。
とりあえず、誰がなくしたのか追及することはなく、いつの時点まであったのかも定かではないので、どこかに落ちてるかもしれないから様子を見ようという話しになりました。
その日の夜勤中、絶対になくさないよう僕は一時も肌身離さず、いつも以上に精神をすり減らしながら仕事を終え、翌朝は何度も何度も返却したことを確認しました。
そして数日後、無事に見つかりました。
認知症の利用者が、こっそり事務所に入って自分の部屋に持って帰ってしまったようで、大事そうに小さな箱に入れて枕元に置かれていました。
おおごとにしたくない施設としては、まぁ見つかったんだから良しとしようという話になり、その件は不問になりました。
それ以降は事務所の鍵かけを徹底し、利用者の動向の把握と、鍵を持ち出す時は使用時のみという対策を講じ、紛失することはなくなりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。