“もうずっと昔の話になりますが、我が家ではハムスターを飼っていました。
名前はくるみ。ジャンガリアンハムスターで、これといって特徴の無いノーマルカラーの女の子。友人の家で番で飼っていたハムスターが産んだ子どもを譲ってもらい、うちの家族になった子でした。
当時世間ではテレビアニメの影響だったのかハムスターブームが到来しており、うちでも飼うのはその子で二回目でした。けれど、当時臆病な小学生だった私は、自分よりずっと小さな生き物に触れるのが傷付けてしまいそうで怖くて、飼っている水槽型の小屋をそっと覗いてくるみの仕草を観察するのが主でした。
くるみの前に飼っていたのが気が強いゴールデンハムスターだった為、くるみはとても大人しく、おっとりとした性格に感じました。
学校から帰ってきて水槽を覗くと夜行性の生き物のため大半眠っていましたが、たまにおがくずがモコモコと動き、寝ぼけ眼のくるみが顔を覗かせると、なんとも言えないほっこりとした気持ちになりました。そうして一定の距離を崩さず、穏やかな四年間を過ごしましたが、ハムスターの寿命は人間に比べると短く、くるみも天に旅経ちました。けれど、ハムスターにしては長生きした方だと思います。
壮絶な別れでは無かった為か、くるみを埋葬する時も穏やかな時間が流れました。その後も何度か生き物を飼いましたが、後悔や悲しみが強かったように思えます。今考えてみるとのんびり屋で優しいくるみが、悲しみを一緒に持って行ってくれたのかも知れません。
空っぽの水槽は寂しくて、見詰めていると鼻の奥がツンとしましたが、くるみが眠っている場所を眺めると、寝ぼけ眼のあの顔を見た時のようなほっこりとした気持ちになりました。
それから一年程経ち、夏が訪れた時です。
思い出した時よく眺めていたくるみを埋葬した場所に何気無く目を向けると、一輪の綺麗な向日葵が咲いていました。
驚いて近付いてみると、どうやらくるみが眠っている場所の近くから生えている様でした。くるみを埋葬する時に、大好きだったひまわりの種を一緒に埋めたのを思い出し、太陽に顔を向けて揺れている黄色を眺めていると、彼女と過ごした穏やかな日々が脳裏に蘇りました。
私よりずっと小さな彼女は、幼い私にたおやかな幸せと、死の向こう側からでも寄り添い、思いの中に生き続けるものがあるということを教えてくれました。”